すべてが伝説となる【弘法大師御衣干岩】

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空海が衣を干した岩という伝説

空海を始めとする有名人は、「雨宿りした木」「休憩した岩」「衣をかけた石」…といった日常の一挙手一投足が伝説の跡地になることがよくあります。今回訪れた場所は「空海が濡れた衣を干した岩」という伝説が伝わる「弘法大師御衣干岩」です。

弘法大師御衣干岩説明板
説明板

この説明には「大同元年」に中国から持ち帰った宝珠を山頂(のちに摩尼山と名付けられる)に埋めようとこの地を訪れた際に夕立に遭い、ここの岩に濡れた衣を干したという伝説があることが記されています。

大同元年=806年は空海が唐から帰国した年であり、高野山の下賜は10年後の816年です。空海は高野山の下賜を嵯峨天皇に願い出る際に上表文で以下のように述べています。

「空海少年日好涉覧山水、 従吉野南行一日、 更向西去両日程、 有平原幽地、 名曰高野。」
※句読点は引用者(ブログ運営者)による

引用:『性霊集 巻第8–10 校正』巻九「於紀伊国伊都郡高野峰被請乞定処表一首」
(国立国会図書館デジタルコレクション)

空海が山岳修行に明け暮れていた若いころにすでに高野の地を訪れていたことがわかります。そして上記引用に続いて高野山が霊場にふさわしい場所であることが述べられています。

続きが気になる方は上記引用元を確認してみてください

空海はすでに入唐前の山岳修行時代に高野山のすばらしさを体感していました。「持ち帰った宝珠を埋めようとした」ことが事実かどうかはわかりませんが、仮にそうだとしたら高野山の入口にあたるこの場所を選んだとしても不思議はないと思います。

史実と伝承が交錯する点を探るのは本当に面白いですね。

アクセス

「弘法大師御衣干岩」は国道371号線沿いにあります。

高野山の大門側に繋がる国道480号線に比べ、衣干岩を通る371号線は進むほどに道が狭くなり、整備も行き届いているとは言えません。運転には気をつけて通るようにしてください。

幸い衣干岩までであれば道もきれいなので、訪れた後に引き返して480号線に戻ってもいいかと思います。

弘法大師御衣干岩駐車場
駐車場

無料の駐車場がありますが、2~3台くらいが限度かと思います。480号線に比べるとかなり空いている道ではあるので停められるとは思いますが、無理のないようにしてください。

手で触れることができる岩

弘法大師御衣干岩全体図
正面が衣干岩です
弘法大師御衣干岩の側にある修行大師像
傍らの修行大師像
弘法大師御衣干岩
御衣干岩
弘法大師御衣干岩の説明板

空海という人物への人々の思いなのか、衣を干した岩がいつの間にか「願いが叶う岩」になりました。御宝号「南無大師遍照金剛」を唱えると願い事を一つだけ聞いてくれるという言い伝えがあるそうです。

手を伸ばして岩に触れ、願い事をしてきました。

弘法大師御衣干岩お札授与の案内

また土日祝日であれば社務所でお札を授与してもらうことができるそうです(平日不可)。

空海と言えばお水

弘法大師御衣干岩にある大師の水

衣干岩の隣には「大師の水」と書かれた湧き水があります。親切なことに空のペットボトルを置いてくれています。私は水筒持参で行きましたが冷たくてとても美味しいお水でした。

空海伝説の地に行く際には「お水」がセットになっていることが多いので、水筒を持ってきて正解でした。こちらもですが、どこも汲みやすいように整えてくれていて、とてもありがたいことだなと思います。

まとめ

空海伝説が残る「弘法大師御衣干岩」について書きました。

色々なところに空海伝説は存在していますが、根底にあるのは空海への尊敬の念だと思います。どこまで行くことができるかわかりませんが、可能な限り空海伝説の地を見ていけたらいいなと思っています。

繰り返しになりますが道が狭いので気をつけて訪れてください。

以上で終わります。

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