陛下の青春がつまった一冊
天皇陛下(今上天皇)の留学中の手記、『テムズとともに』を読みました。
陛下がまだ皇太子になられる前に留学されたオックスフォード大学での二年間について、研究や恩師、友人との交流を始めとする学生生活や、その間に経験したスポーツ、芸術、旅行、そして陛下の感じたことなど、さまざまな側面からその生活を記録した一冊です。
陛下が留学していたのは1983年から85年ですが、実際に執筆されたのは7年後の1992年です(出版は1993年)。さらに学習院創立百五十周年記念事業の一環として、2023年に今回私が読んだ本書が復刊されました。そのため、すでに天皇に即位された陛下の「復刊に寄せて」が最後に追加される形になっています。
研究風景にわくわくした
私はイギリスにはまだ行ったことがないため、イギリスでの生活や大学での活動の一つ一つがとても面白かったです。なるべく「普通の学生」として過ごそうとされていた陛下の記録のおかげでイギリスが身近なものに感じられ、旅をしてみたいな…と思わされました。
もちろん王室や貴族の方々との交流など、陛下をとりまく世界は私とは全く異なるものではありますが、そうしたある意味二面的な描写がより面白さを際立たせていました。
私が特に興味をひかれたのは、研究活動です。陛下はテムズ川の交通史を研究テーマにされていますが、資料を集めるために各種文書館や図書館に通って研究を前に進めていく様子にわくわくしました。
研究という何かを生み出すための苦しさと、その先にある楽しさが陛下の記録によってありありと伝わってきて、自分ももっと色々勉強したいとちょっと興奮してしまいました。
かけがえのない時間
全体を読了して感じたのは、陛下自身も述べているように、この2年間が陛下の生涯において最大の楽しい「自由な」ひと時であり、それが天皇という計り知れない重圧がかかる立場を全うするための土台になっているということです。
学生生活も、研究活動も、他のすべての出来事も、心から楽しかったんだなというのが伝わってきました。何者でもないただの人になれた時間という意味で、生涯一度きりのかけがえのない2年間だったのだろうと思います。
日本にいてはなかなかできないことだが、自分が誰かを周囲の人々がほとんど分からない中で、プライベートに、自分のペースで、自分の好きなことを行える時間はたいへん貴重であり有益であった。
本書p.29
洗濯をする、アイロンをかける、ちょっとしたものを自分でお金を払って買う、こんななんでもないことが「自由にできる」ことの価値をあまり考えたことはないのですが、何をするにも誰かが付き従い、気軽に外出もできない、そんな生活が陛下(皇族)にとっては普通なんですよね。
「今日は本屋さんであの本を買おう」「電車に乗ってあそこに行こう」という「自由」の楽しさはわかっていましたが、「卵買い忘れたからちょっと行かなければ…」という面倒さにも宿る日常の価値…。そんなことを考えさせられました。
研究テーマの土台
テムズ川の交通史というテーマを選択した根底にあるエピソードも印象に残りました。
そもそも私は、幼少の頃から交通の媒介となる「道」についてたいへん興味があった。ことに、外に出たくともままならない私の立場では、たとえ赤坂御用地の中を歩くにしても、道を通ることにより、今までまったく知らない世界に旅立つことができたわけである。
本書p.149-150
陛下の立場ゆえの「不自由さ」が、「道」に対して一般人が持ちえない感慨を覚えることにつながり、それが最も自由を謳歌できたオックスフォード大学での日々における研究テーマの土台となる。必然的な結びつきだったのかもしれません。
本書のタイトル通り、陛下の英国での2年間を象徴するのは間違いなく「テムズ川」なのだと思いました。
まとめ
本書刊行のあとになりますが、2024年6月、陛下は同じく留学されていた皇后さまとともにオックスフォード大学を訪問されました。お二人の嬉しそうな様子が印象的でした。
同列に語るわけではありませんが、私もよく母校(大学)を訪れます。旅行のついでに行くことがほとんどですが、こんな風に思い立ってふらっと行けることもお二人にはないわけで…。
当り前ですが、自分とは全く異なる環境に身を置く方々であることを改めて実感しました。
普段は目にすることができない陛下の、日常生活の一端を知ることができる本書はとてもお勧めです。
以上で終わります。
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