旅をする理由はいくつもあるけれど
ひとところにいると飽きてしまう性分のため私に旅は欠かせません。
旅をする理由はさまざまにありますが、一期一会の出会いというのも大きな理由です。
湯治旅の最後に出会ったのは
7年ほど前ですが、皮膚炎をこじらせて大変なことになった時期がありました。もともと皮膚炎持ちでアレルギー体質ですから日常茶飯事と言えばそうだったのですが、この時は相当酷くなってしまいかなり辛い日々を送っていました。
そんな中で気分転換も兼ねてアトピーの湯治でも有名な北海道の豊富温泉に行くことにしました。期間は1週間ほどでした。
劇的に治ったということはなかったのですが、同じ状況の湯治客の人たちと出会い言葉を交わす日々を過ごすうちに気持ちが相当楽になりました。
そして迎えた最終日。それはバス停で帰りのバスを待っている時のことでした。
少年の生きる世界
バスを待っていると、小学校低学年くらいの男の子が自転車に乗ってやってきました。そしてバスを待つ私を見て、「どこに行くの?」と聞いてきたのです。
当時仙台に住んでいた私は「仙台に帰るんだよ。知ってるかな?」と答えました。
少年は「仙台」を知りませんでした。
そこから少年とのお話が始まりました。
彼はこれからお友達のお家に遊びに行くとのこと。お友達の名前が何だったのかは忘れてしまったのですが、私がその子のことを知っていることが当たり前のように
「○○の家に行くんだ」
「○○の家には庭があって…△△できて…そして…」
と話が続きました。
皮膚炎が治りきっていなかったのでマスクをしていた私でしたが、マスク越しに思わず微笑んでしまいました。
少年の世界はまだ狭く、それが世界のすべて。
だから目の前にいる誰かもわからない大人も当然それを知っていると信じて疑わないのです。
彼の「今生きる世界」の大きさは、ほんの短い間しか続かないもの。だからこそ尊い。少年の「世界のすべて」にひとときでも入ることができたことに言葉にできない嬉しさを感じました。
自分もこうだったな。自分の知っている世界の範囲がどれくらいなのかなんて考えたこともなく、ただただその世界を一生懸命生きていた時が確かにあった。
少年との会話はバスが来るまでのほんの10分程度でした。でも10分に凝縮された色々な感情を今でもはっきりと覚えています。
だから旅はやめられない
今現在、あの時の少年は当たり前に「仙台」がどこなのかを知っているでしょう。彼が「今生きる世界」も大幅に広がっているはずです。
仮に日本のどこかですれ違っていたとしても大人になった少年を私は認識できるはずもありません。名前も知らないのですから。
それでも二度と会うことのない彼との10分が、「旅をする理由」を雄弁に物語っているのです。
若者は日々新しい経験をしていくので、彼は私との10分間をおそらく覚えてはいないと思います。でも私はいつまでも覚えています。あの時色々な感情を呼び起こしてくれた彼のおかげで今でも旅をしているのです。
旅をしたからといっていいことばかり起こるわけではありません。
特に文化や習慣の異なる国へ行く際に、そのズレに苦しむことも正直あります。
でもそれ以上にあの10分間のように苦しみをかき消すような経験が必ずあるのも事実です。
まとめ:ドキュメント72時間を見ていて書きたくなった
先週のドキュメント72時間は十勝の日用品店が舞台でした。
エリアは違うけれど、北海道の風景を見ていたらあの時の少年を思い出して彼とのエピソードを書きたくなりました。
北海道は私の故郷でもあります。近いうちにまた太平洋フェリーに乗って故郷の空気を感じに行きたいと思います。
以上で終わります。
